2010年06月25日

アローチャートの歩き方(4)

私は、新聞配達、自動車修理・板金塗装、船会社の事務、ガラスサッシ関係、損害保険関係、内装関係、ステージ照明関係、トラックの運転等々多くの仕事やアルバイトを経験しています。
どの仕事も、楽ではありませんでしたが、楽しかったという記憶が殆どです。

しかし、中には楽しくない仕事もあり、すぐ辞めたりもしました。その仕事のことを思い起こすと、やはりその仕事の意義を自分自身に説明できないような仕事だったような気がします。

ケアマネも同じだと思います。自分の仕事の意義を説明できなければ、「誇る」ことができにくくなりますよね。 
※繰り返しになりますが、説明するのは他人にではなく「自分」にです!

ケアマネの仕事を自分に説明する時、「自立支援」や「アセスメント」などという言葉は避けて通ることができません。
この時、特に気をつけなければならないことは、「説明した気分になる」というものです。誰かの言葉を借りて表面的な説明を自分にしてしまうということです。

別の表現をすると、よく知っているということと、説明できるということの間には、かなりの隔たりがあるのです。

そう考えてケアマネの身の回りを眺めると、「知ってはいるが、説明できないもの」(=「よくわからないもの」)がたくさんあるのではないでしょうか。
p12〜p16では、その「よくわからないもの」も、ケアマネの誇りを奪ってしまうのではないでしょうか?という投げかけをさせていただいています。

(つづく)
posted by となりのトヨロ at 17:17| Comment(0) | TrackBack(0) | アローチャートの歩き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月22日

アローチャートの歩き方(3)

p8〜
1.揺らぎやすい介護支援専門員(以下、ケアマネと略します)の誇り

ここでは、ケアマネを主語にしていますが、「専門職」と置き換えても当てはまる部分も多いのでは、と思っています。

「忙しい」ということは、誇り、やりがい等を見えなくしてしまうのですが、「誇り」や「やりがい」等(以下、誇り等といいます)があれば、忙しくても忙しいと感じない・・・そのような自身の体験を思い出しながら書きました。

では、ケアマネがケアマネらしいと感じ、誇り等を持てる業務とは・・・と考えると、サービス担当者会議・アセスメントが中心にくるのでは。
ということから、p9には、サービス担当者会議では誇り等を持ちにくい、p10には、アセスメントでも誇り等を持てない現状があるのではないのでしょうか、と問題を提起しています。

なぜ、誇り等が持てないのか?

p9〜p12
専門職は、専門性があるからこそ誇り等がもてるのだ、という仮説から書き始めました。
そして、サービス担当者会議やアセスメントという業務の中からは、その専門性を実感しにくいのではないか、としました。つまり、気の利いた人であれば少し勉強すればできてしまうように感じるのではないかということです。

そのことと、研修、忙しさが悪循環を作っているという図式が(図1)です。

専門性が自覚できない→誇り等が持てない→余計に忙しく感じるというような構図をわかっていただければ、p12の9行目までは、OKです。

(つづく)
posted by となりのトヨロ at 14:45| Comment(0) | TrackBack(0) | アローチャートの歩き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月17日

アローチャートの歩き方(2)

「アローチャートでケアマネジメント!」(以下、拙著という)は、
5つの章で構成した。

私の3〜6時間以上の講義を受けてくださった方は、2章から読み始めていただいても構わないが、他の章も後で一応目を通して欲しい。

第1章は、「介護支援専門員は、なぜ疲弊してしまうのか」ということについての試論である。忙しさ、内容の薄いサービス担当者会議、上達したように感じられないアセスメント技術等が、専門職たらんとする介護支援専門員の自問自答に影を落とす。

その結果、「誇り」「アイデンティティ」等といわれるものが侵食され揺らぎ始める。

この揺らぎが、疲弊の一因になるという仮説である。

また、利用者と事業者が「対等」であるべき介護保険制度では、事業者が「説明責任」を果たすことで、制度の理念が守られていく。

介護支援専門員は、利用者はもちろんのこと、事業者や他の社会資源に対しても「説明」をおこなう使命を持つ。

しかしながら、実際にはこの説明が難しい、ということを指摘させていただいた。

 その原因は、ケアマネジメントプロセスの中で、介護支援専門員が自分自身に「説明」できない箇所を抱えているからである。
つまり、「自分に説明できないものは、他者にも説明できない」という構図を持つということだ。

 以上のことが背景にあり、アローチャート(又は、それに類似するようなもの)が求められてくるのである。

 おそらく、介護保険制度の理念に心から賛同できる介護支援専門員ほど、現場の実情と理念のギャップを鮮明に見抜くことができ、自身のアイデンティティに反映させてしまうのではないだろうか。「まじめなケアマネほど、疲れやすい」という言説を聞くたびに、そう思う。

 

 第1章を少しずつ、読み進めて行くことにする。

(つづく)
posted by となりのトヨロ at 10:43| Comment(2) | TrackBack(0) | アローチャートの歩き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月16日

アローチャートの歩き方(1)

 拙著「アローチャートでケアマネジメント! 〜相談援助者のための頭の整理術〜」の発行から8ヶ月が過ぎた。誤字等のご指摘をいただきながらも、予想以上の広がりをみせている。

 しかし、心配なのは、「難しい」とか「私には無理」などと感じておられる方がおられるのではないか、ということである。

 分かりやすく書いたつもりであるが、平易に書けば書くほど、さまざまな解釈ができてしまうのが文章である。○○省の通達文書のように書けば誤解も少ないのであろうが、そうはいかない。もちろん、私の文章が稚拙であることが、誤解等を生む最も大きな原因なのであるが。

 そこで、「アローチャートの歩き方」として、書けなかったものや説明不足のものを補足しながら、少し違う角度から説明するという試みをシリーズで行ってみたい。

 その1回目なのであるが、東洋大学 ライフデザイン学部の高野龍昭(たかのたつあき)先生が、拙著のために寄せてくださった書評を全文掲載したい。文字数に制限があり、締め切りまでの時間も少ないという悪条件で、こうも的確に書けるのか、という書評であり、私の言外に在るものまでも言い当てておられる。拙著を読み始める前にこの書評を読んでいただくと、より理解が深まるのではないかという意図である。高野先生には、ブログ上で大変失礼だが、心より御礼申し上げたい。


 「本書は介護保険制度下でのケアマネジメントについて、新たなアセスメント技法・実践手法を提示する指南書である。   近年、このたぐいの書籍の発刊は途絶えていた。2000年前後には多数が発刊され一大ブームを巻き起こしたものの、その後、介護支援専門員(ケアマネジャー)の多くは本書で著者の言う「固有の業務」以外の書類作成に追われ、専門職倫理と低額の介護報酬の間で「板ばさみ状態」に陥って疲弊し、ケアマネジメントの技法を追及することをやめていたからである。   ここに問題意識を持った著者は、そうした状況を本書の前半と終盤で丁寧に説明し、そのうえで、ケアマネジャーが「誇り」を取り戻すことのできる実践手法として“アローチャート”なる独創的な技法を示している。   このアローチャートでのアセスメント手法の特徴は、そのネーミングのとおり、起こっている問題や利用者の想いなどの交互関連性や因果関係などについて“矢印などを用いた図式”を描くことを求めている点にある。この手法自体はビジネスの世界で新商品開発などにも用いられてきたものでもあり、目新しくはない。社会福祉分野でもマッピング技法などがある。だが、これをケアマネジメントに生かすという着想には唸らされる。著者はこれによって、ケアマネジャーが実施するアセスメントの思考過程を体系化・構造化するように導こうとしているのだ。同時にそれを可視化し、専門職のみならず利用者にも説明可能なものとして社会的評価を引こうとしているようにも思える。   なによりも、技術論を示しつつも、疲弊した実践現場のケアマネジャーに専門職としての「誇り」を回復させようとする著者の温かい意図が行間にあふれ、心地よい。   ケアの実践現場にとっては、利用者支援のあり方と専門職性の本質を問い直すきっかけとなる良書であろう。」  (「地域リハビリテーション」2010年1月.三輪書店.より)
posted by となりのトヨロ at 09:35| Comment(5) | TrackBack(0) | アローチャートの歩き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。