2010年09月08日

介護の専門性を考えるために

先日来、「介護の専門性」について、ブログやツイッターで意見交換されていた。
少々機を逸した感もあるが、尻馬に乗ることをお許しいただきたい。


クリックしてください↓
介護の専門性.pdf

「介護」の専門性を考える前に、まず一般論として、職業・職種の専門性を考えてみたい。

その専門性は、二軸で整理すると考えやすいのかもしれない。

一つの軸は、「科学性」であり、二つ目の軸は「固有性」としてみた。
この二軸は、相互に関連もあるはずなので、直交させてもよいものか悩んだが、
今回は、介護の専門性を大掴みにすることを優先させた。

「科学性」は、遂行する業務の根拠を明らかにし、反証可能性を携えている度合いとし、
「固有性」は、他の職種が持ち得ない、独自の理論・哲学(倫理)を持つ度合いとした。

上の図は、「科学性」をY軸に、「固有性」をX軸にとり、
Aの部分に近づくほど、その職業・職種の専門性が高いとした。

業務独占・名称独占は、Aに近づいた結果、「外から与えられるもの」(※1)と整理し、
専門性の条件とはしなかった。

さて、介護の場合であるが、「固有性」に関しては、
「看護」との協働・棲み分けという点が未整理であるため、
固有性が高いとは残念ながら言いがたい。

「科学性」に関しては、
養成課程・研修等に関わっていて、ようやく緒に就いたという感想を持っている。〔ベクトル1〕

介護の専門性は、ベクトル1とベクトル2の合成力で高まって行くと考え、
それを整理しながら議論をするとよいのではないだろうか。

但し、ブログ等で議論されいた医療行為については、
「固有性」「科学性」双方の要素があると思われる。
こうした場合も、どちらからの議論なのかを明確にしておく必要があるのかもしれない。

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2010年09月04日

家観

家でくらすということ

泣く時は いつも この部屋
けんかしたのは ここ
今でも聞こえてきそうな 居間の笑い声

家で暮らすということ
それは 
想い出のひとつひとつから 生命の灯をもらうこと

子どもを送り出した 玄関
祖母を看とった 寝室
手あかのついた壁に 消せなかった落書

家で暮らすということ
それは 
自分が自分で ありつづけるということ


by よしじまとよろく


今日は、島根への移動日です。
パソコンに向かうことができませんので、
古い詩を持ち出しました。



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2010年09月02日

すり替わってしまったネットワーク

ずいぶん前の話になるが、
ある雑誌社に頼まれて次のような原稿を書いたことがある。
(一部改)

 高齢者福祉の制度が介護保険制度となる前、在宅介護支援センターは、
2種類のネットワークをつくってきた。
 
 1つは、地域の中にある社会資源をつなぎ、利用者の問題解決に協働して
かかわったいくための母集団ともいえるネットワークである。(中略)
 
 もう1つは、利用者の問題を発見するためのネットワークである。
地域の中で、自らSOSを発信できない場合や、
自分が解決すべき問題状況にあることさえ理解できない場合などに、
手を差し伸べていくアウトリーチを起動させていくネットワークである。
 
 措置制度は、介護保険制度という準市場化システムへと変わり、
在宅介護支援センターが担ってきたケアマネジメントの機能を
居宅介護支援事業所に禅譲した。
同時に、2種類のネットワークそのものや
ネットワークの作り方も受け継がれていった。

 協働のための母集団ネットワークも、基本的には在宅介護支援センターの
それを継承していると言ってよいだろう

 しかし、ひとつだけ大きく違う点がある。
 
 在宅介護支援センターは、各々の担当地区を決めてこのネットワークを
活用したのであるが、居宅介護支援事業所には担当地区割りがない。
事業指定を受ける際に届け出た地域内を中心に、縦横無尽に動くことになる。

 介護保険制度下では、ニーズ発見のためのネットワークは
顧客発見のためのネットワークへとすり替わっていったのである。(後略)



この古い文章を持ち出したのは、例の高齢者の所在不明問題の顕在化である。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100831-00000010-cbn-soci
などというニュースに接すると、すり替わってしまったネットワークが
惜しくて惜しくて未練気でいっぱいになるからである。

「介護保険制度が地域福祉を壊した」と言う人も多い。

他システムとの整合性も考えずに短絡的に論じるのは危険かもしれないが、
措置制度のよい部分は(再評価をした上で)復活させるという発想も必要なのではないだろうか。


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2010年08月30日

アローチャートin川崎

ミューザ川崎に来てくださった皆様、

ありがとうございました。

実を言うと、柄にもなく、
少し緊張していました。

珍しいことです。

おそらく、都会へのコンプレックスがあるのでしょうわーい(嬉しい顔)

すでに、ご覧になられたと思いますが、
どりーむさんと、gitanistさんがブログに掲載されています。
http://blog.goo.ne.jp/dream3443/e/90778a0fc7996f88babf01944e69b928
http://blogs.yahoo.co.jp/gitanist1973/16551862.html


11月の研修は、少し趣きを変えて
具体的な「描き方」に時間を割こうと考えています。

懇親会もあるようですので、是非飲みましょう!手(チョキ)

またお会いできる日を楽しみにしています!

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posted by となりのトヨロ at 18:26| Comment(8) | TrackBack(0) | 随感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

文化的資性

研修であちこちお邪魔させていただくが、観光には縁が無い。
各地の歴史・名勝など興味はあるが、
大抵、研修会場・宿・居酒屋・最寄駅周辺を結ぶ動線上で
スケジュールが終わってしまう。

しかし、この乏しい動線の中でも
その土地土地の文化や風俗を垣間見ることができる。

「たった1-2日間で何が分かるか」と思われるだろうが、
異邦人の目を持ちそこに立つと、五感で感じるのである。

特に、お年寄りがいると、連綿とした日常の歴史と「いま」が繋がり、
そこから文化や風俗を窺い知ることができる。

居酒屋のカウンターで話しかけ、
道を尋ね、
駅の階段で「荷物、持ちましょうか?」と声をかける。
(荷物に関しては、過去2回。2回とも断られた)

今回、研修のために初めて首都圏にお邪魔した。
いつもの感覚で知らぬ土地に立ち、
キョロキョロしながら歩くのだが、
お年寄りに会えない。お年寄りが見えにくい。
(もっとも、見えたとしても、声をかける余裕はコチラにも無いが)

ああ、これが高齢化率の違いか、都会はベツモノか、などと思っていた。

しかし、研修会でケアマネさんやソーシャルワーカーさんと語り、
二次会で、また語る。
会話に耳を傾け、表情を覗き込む。

すると、ケアマネさんたちが透け始め、
そこにはお年寄りの姿が見える。

やはり同じだ。違うはずがない。同じ日本だ。

いや、むしろ、人と人との距離が(物理的に)近く、
それでいて「見えにくい」分だけ、
地方都市には無い、別の問題を孕んでいる危険性もあろう。
そのことに対人援助職も、きっと心を砕いているはずだ。

「文化的資性」とでも言うのだろうか、
対人援助の専門職は、その土地に馴染んでいることが第一の要件だろう。
そんな、当たり前のことを改めて感じさせられた首都圏行脚だった。

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2010年08月25日

土曜日と日曜日のムフフ

本州の西の果てに棲む私が、
ノコノコと首都圏へ出向き、オタオタするであろう日が近づきました。

8月28日(土)は、日本ケアマネジメント学会に出席します。
夕方は、首都圏に棲むケアマネさんなどと一献かたむけることになっています。
時間 18:30〜
場所 池袋  http://r.gnavi.co.jp/a536801/  
※ 待ち合わせ場所は、マルイの前 

8月29日(日)は、日本ケアマネジメント学会を少し素見した後、
13:30〜16:00 
川崎市のミューザ川崎で、首都圏初のアローチャート講座を行います。
今回のアローチャート講座には、一騎当千のつわものも参加してくださるので、
午前中は、アローチャートの紹介と私の浅学をさらけ出し、
午後からは、それらを叩いていただきながら、
ミニシンポジウムのようなものをやってみたいと思います。
http://toyoro.seesaa.net/article/156790956.html

どりーむさんと、gitanistさんがうまくまとめてくださっていますので、
こちらをご覧ください。↓
http://blog.goo.ne.jp/dream3443/e/3afe475b9f54041ade08a0b7046d1495
http://blogs.yahoo.co.jp/gitanist1973/16380155.html

そして、二次会です。
時間 17:00〜19:30
場所 川崎  http://r.gnavi.co.jp/g078824/

旧知の友人にも、まだ見ぬTwitter仲間にもお会いできるので、
この土日が、とても楽しみにしています。ムフフわーい(嬉しい顔)
どうぞよろしくお願いします。

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2010年08月19日

先輩と後輩

私が卒業した高校は、下関市内にある普通高校である。
いわゆる進学校で、ほぼ全員が大学に進む。
当時は男子校で、伝統ある「バンカラ」の校風も強く残っていた。
当然、先輩・後輩の上下関係もうるさかった。

入学式の当日だったと記憶しているが、
新1年生はプールの側にあるスタンド(通称プールスタンド)に集められ
応援練習というものをさせられる。
ひな壇のようなスタンドに並び、学生帽を振って校歌を歌う。
応援団の3年生が、その指導をする。
「声が小さい」、「腕が振れていない」などと怒鳴られる。
歌うというより、叫ぶに近くなる。
手が疲れ腕がだんだん下がってくると、
3年生は腕を下から持ち上げながら注意をして歩く。
遠慮して「持ち上げながら」と書いたが、
実際はポンと触る。いや、叩く。
「ポン」ではなく、「ガッ!」だったかもしれない。
新1年生は、入学早々この手荒な歓迎から高校生生活をスタートさせるので、
何年経っても思い出深い。

(この伝統は、男女共学になった今でも続いているようで、
女子生徒は、そのためだけに学生帽を購入するという。)

私は、3年生の時にこの応援団の手伝いをしていた。
1年生の時に受けた指導と同じように、(もしかしたら、それ以上だったか)
新1年生の指導にあたった。

時は流れ、平成22年8月17日。
久留米市のケアマネさんが集まり、
「介護支援専門員スキルアップ研修」が久留米市と地域包括支援センターの主催で行われた。
そこで講演をしたのであるが、
市の課長さんの最後の挨拶が終わるのを待って名刺交換をさせていただいた。
私の名刺を見て課長さん曰く、
「懐かしい。下関の方言でしたが、先生はずっと下関ですか?」
「そうですが、下関にいらっしゃったのですか?」と私。
「はい。高校は下関です。」と。
私、「どちらの高校ですか?」

・・・

なんと、同じ高校の先輩・後輩の関係だった!
しかも、私が3年生の時の1年生!!
「先輩!」と握手をしてくださったのだが、
話は、例の応援練習に。
私が応援練習の指導をしたはずの新1年生に、40年近く経って再会したのだ。
私は、「その節はご迷惑をおかけしました。」と頭をさげることになった。

不思議な巡り会わせだ。
次は、一緒に飲みましょう!


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2010年08月16日

介護支援専門員連盟

○日本介護支援専門員協会より、JCMAだより第8号が送られて来ました。
 その中に、「おや?」と思う記事が掲載されていましたので、全文(本文のみ)を転記します。

日本介護支援専門員連盟コーナー
 一般社団法人日本介護支援専門員協会は、公益性の高い活動をしている団体です。
国の補助金事業を受託したり、国で開催する委員会・検討会や他の組織が受託している
国庫補助金事業等に委員を派遣するなど、行政と関係するさまざまな活動を行っています。
したがって、政治的な活動は制限され、行うことができません。
 協会では厚生労働省をはじめとする関係省庁を通じて、介護支援専門員にかかる
さまざまな活動をしておりますが、政策決定を促すためには国民の代表機関である国会(立法府)
に働きかける必要があります。国会は唯一の立法機関であり、法律を制定・改正・廃止
することができます。また、国の予算を議決する権限もあります。国民が選んだ国会議員に、
介護支援専門員のことを理解して応援してもらうための活動がどうしても必要です。
 このような理由から、「日本介護支援専門員連盟」を設立し、日本介護支援専門員協会と
連携をとりつつも、別の組織として役割を分担しながら活動をしています。
 日本介護支援専門員協会の会員数(登録者数)は約40,000名です。
現任者は10万人前後と言われていますが、介護支援専門員の資格保有者にいたっては、
日本国中で約495,000人もいます。民主主義においては「数」は力です。政治と聞くとそれだけで
自分には遠い世界、関わりのないことと思ってしまうかもしれませんが、
実は社会保障制度(介護保険等)と国会は、一番関係しているところなのです。
 自らの地位向上、事業所の経営改善、労働環境改善、また、介護が必要になっても国民が
安心して暮らせる国づくりのため、日本介護支援専門員連盟に入会し、介護支援専門員の
パワーを結集し活動をしましょう!
(この後に、連盟の住所や連絡先が書かれてあり、会長名で締めくくっています)

 ○私は、さっそく山口県の介護支援専門員協会に次のような問い合わせをしました。

日本協会の広報に、「日本介護支援専門員連盟」の入会案内が掲載されていました。
既に設立されて、活動をしているとのことでした。
その中に、「協会と連携」、「役割分担」という表現もありました。
設立の意図は少し記載もあり、想像もできますが、
次の点が一会員としては分かりづらいのでお教えください。
1)設立の経緯(特に事前の説明が一会員に届かなかった事情)
2)「連携」、「役割分担」の具体的内容
3)山口県介護支援専門員協会の執行部が連盟をどう捉えているのか
4)上記執行部の捉え方は、県協会の会員の意思を代表しているのか
(または、今後、代表させる手続きの有無)
質問しようか止めようか考えましたが、
大久保会長の「一人一人の声は小さくても」のフレーズに勇気づけられてのお尋ねです。
お忙しいとは存じますが、よろしくお導きください。

 ○上記の回答があるまで、コメントは控えようと思います。
 皆さんは、どういうふうに感じられますか?


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2010年08月10日

量的研究と質的研究

研究の方法は、大きく二つに分かれます。
量的研究と質的研究です。
ここまで読んで、「え〜、難しそう。ムリ。」などと言わないでください。
なるべく解りやすく書きますので。

わが県のケアマネジメント研究大会などでも、
質問項目がどーだ、因子分析がこーだ・・・という研究発表が増えてきました。
パワーポイントや発表レジュメには、数字がズラーッと並びます。
こういう研究は、量的研究のひとつです。

発表を聴いているフロアーからは、
「さっぱり解らん」「最近こんなんばっかやん」などという声も聞こえてきます。

現場の職員に少しでも「研究」に親しんでもらおうという親心なのでしょうか、
講師が「研究とは」とお話をされていました。
ところがその講師、パワーポイントには量的研究・質的研究の両方を準備していたのですが、
質的研究の部分はスルーしてしまいました。

まるで、「量的研究(主に因子分析)でなければ研究にあらず」―そんな勢いです。

私が持っている本※1には、次のように書かれてあります。
量的研究は、一定の手続きに則り、問題を理論的に理解し、仮説を立て、
それを測定可能なものに操作化し分析する。
そして、数値で表された結果から科学的、客観的に仮説を証明することによって問題や効果を説明するもの。」
と説明しています。難しいでしょうか?
簡単に言えば、例えば、目の前で起こったことを説明するために、仮説を立てるのです。
そして、計算ができるような形に整え、仮説が証明できるか計算してみるのです。
パワーポイントやレジュメに並ぶ数字は、その計算結果なのです。

そして、
質的研究は、量的研究ではとらえられない実態を把握するために用いられることが多い。
(中略)心理学や社会福祉学のように、人の心や人と環境(社会)との相互作用に焦点を当てる領域では、
あらかじめ設定された枠組みではとらえきれない個別の部分に問題の重要な要因があると考えられる。
(中略)質的研究のプロセスは、インタビューや観察など質的手法で得られたデータから解釈したものをもとに
理論(仮説)を構築していくものである。」
と質的研究を説明しています。

私の乏しい経験でしか話せませんが、量的研究では先行研究にあたり仮説を構築します。
そして、アンケートを大量に作成し回収・分析・考察と研究を進めます。
アンケートは、量が多いほど分析結果の信頼性が高いとされますので、
懸命にばら撒き、回収します。(アンケートに答える側からすると迷惑な話ですよね。)
量的研究は結果が数字で出ますので、勝負はハッキリしています。

ケアマネや介護職は、研究職ではありませんが、
これからは科学的であることを求められるでしょう。
そうした場合、量的研究よりも、質的研究の方が親和性があるような気がするのです。
(もう一度、質的研究の説明を読んでみてください。)
多数の人を調査するのではなく、一人の人の奥深くに分け入っていく方が、
現場の感覚に近いと思いませんか。


二つの研究方法は、対立するものでもありません。
質的研究で仮説を立て、量的研究で検証するという方法もとれるはずです。
量的研究は、特殊なパソコンソフトを使ったりしますので、
ここからは研究の経験者などと一緒におこなうという手もあると思います。

少し長くなりましたが、
「質的研究」という言葉も記憶に留めておいて欲しいのです。

※1 「福祉・心理・看護のテキストマイニング入門」.藤井美和ほか.中央法規.

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2010年08月05日

准介護支援専門員資格創設(妄想)

【注意】以下は、私の妄想です。このような事実はありません。

厚生ロードー省は、
准介護支援専門員資格(以下、新資格という)の創設を発表した。
2011年4月からの運用を目指すという。

新資格は、当面介護支援専門員を補助する資格として位置づけられるが、
厚生ロードー省は、地域包括ケアシステムの大きな柱の一つとしてとらえているようだ。

新資格の取得のためには、
介護支援専門員と同様「実務研修受講試験」を受験し合格する必要があるが、
50歳以上の者に限り受験資格が与えられ、正答率30%で合格とし、
実務研修の受講は免除される。

実務にあたっては、指定居宅介護支援事業所に所属しその介護支援専門員の管理・指導の下、
モニタリング、給付管理業務、サービス担当者会議、保険請求の業務が可能であるが、
アセスメント、ケアプラン原案作成の業務はできない。
厚生ロードー省は、ホームヘルパー等との兼務を想定しているようだ。

新資格は、都道府県への登録により有効となるが、65歳となる誕生日をもって失効する。
ただし、65歳となった誕生日の翌日より、セルフケアマネジメント士の資格への切り替えが可能。
切り替えを希望する者は、勤務経験証明書を添えて、地域包括ケアシステムセンターに申請が必要。

※セルフケアマネジメント士は、2012年創設を目指して議論が行われている。
セルフケアマネジメント士は、本人・配偶者、二親等内のケアプラン作成をすることができる。
サービス利用に関しても償還払い扱いとはならない。
この場合、任意の指定居宅介護支援事業所との連携契約をした旨の届出が必要となる。
ケアプラン作成は、介護報酬の対象とはならないが、タクシー券の発行、公共交通機関の割引、
介護保険料の減額、消費税の一部減免、MHK受信料の減額等の優遇措置がある。
尚、連携契約を締結した指定居宅介護支援事業所は、ケアプラン作成指導料として、
居宅介護支援費(T)の(一)の単位数に、
厚生ロードー大臣が定めた単価を乗じた額の100分の20に相当する額を請求することができる。

ニッポン介護支援専門員連盟は、「准介護支援専門員及びセルフケアマネジメント士の創設は、
介護支援専門員の専門性を損なうものであり、かつ、介護支援専門員65歳定年制の議論に拍車をかけるもの」
と反対の姿勢を示している。

一方、日本駅弁大学ケアマネ学部の○△教授は、「2025年の地域包括ケアにおけるケアマネジメントは、
介護支援専門員だけに任せるものではない。この流れは変わらないだろう。」と語っている。

【注意】以上は、私の妄想です。このような事実はありません。
posted by となりのトヨロ at 10:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 随感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする