2010年07月26日

三丁目の夕日を見ることができるか?

山口県地域福祉推進委員会というものがありまして、
その委員を仰せつかっています。

何をやるのかというと、
簡単に言えば、山口県の地域福祉を推進するための計画を策定し、
その進捗状況をモニタリングして、
次の計画に繋げていくための委員会でして、
会議などに出席し発言するのです。

この会議の時にいつも思うのですが、
取りまとめをし計画策定に責任を持つ社会福祉協議会や、
出席している委員さんの「地域」のイメージがどうもバラバラなのです。

限界集落までをも視野に入れ「地域」を語る方、
ゴミステーションくらいの「地域」を想定しておられる方など、
まず広がりにおいて温度差があります。

次に、介護保険制度・障害者施策から地域を眺めようと去れる方、
ボランティア活動の視点から「地域」の問題を指摘される方など
、社会資源の知識・関心にも温度差があります。

そして、ここはなんとなく一致するのですが、
「昔はよかった」的といいますか、「三丁目の夕日」的といいますか、
過去のコミュニティを取り戻そうとするベクトルがあり、
先の温度差と交錯するのです。

よくまとまるものだ、といつも感心します。
(→自分も委員だろっ!)

読み始めたばかりなのですが、面白い本を手にしています。
広井良典:コミュニティを問いなおす.ちくま新書.

IMG_7442.jpg


著者は、コミュニティという時に、
少なくとも三つの点を区分して考えることが重要だとしています。
それらは皆興味深いフレームなのですが、
その一つ「農村型のコミュニティ」と「都市型のコミュニティ」
という整理が好きなのです。

この視点は、「人と人との関係性のあり方を象徴的に示したもの」だということです。

農村型コミュニティは、
「ある種の情緒的(ないし非言語的な)つながりの感覚をベースに、
一定の同質性ということを前提として、
凝集性の強い形で結びつくような関係性」

と説明しています。
これが、「三丁目の夕日」的なつながり方になるのでしょう。

これに対して、都市型コミュニティは、
「独立した個人と個人のつながりともいうべき関係のあり方」とし、
「つながりのあり方は共通の規範やルールに基づくもので、
言語による部分の比重が大きく、
個人間の一定の異質性を前提とするもの」

と説明します。

私個人の「つながり方」を当てはめれば、
前者の記憶も持ち、憧れはもってはいるが、
後者でのつながりのみで生活している、
ということになるのでしょうか。

地域によって違いはあるでしょうが、
現実的には、懐古的な情と少し距離をあけなければ
実効的な地域福祉計画は作れないのかもしれません。
posted by となりのトヨロ at 12:23| Comment(4) | TrackBack(0) | 地域福祉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
なんだか、「恋愛」は二つの混合みたいに感じます。余計なコメントでした。すいません。
Posted by kokuryuu22 at 2010年07月26日 22:38
kokuryuu22 さま
 コメントありがとうございます。
 家族もコミュニティであるとすれば、基本的には農村型、しかしライフスタイルの多様化によって都市型が混入・・・。
 あり得るお話だと思います。
 恋愛から離れてしまいました。せっかくの粋なコメントを味気なくしてしまい、ごめんなさい。
  
Posted by トヨロ at 2010年07月27日 09:52
私もその本をもっています。コミュニティのとらえ方は人それぞれでしょうからねえ。あと筆者は定常化社会というキーワードで今後の社会を読んでいるようです。福祉コミュニティへの取り組みは始まったばかりです。今度は原論を読んだら地域福祉で勉強会ってのはいかがでしょうか?
Posted by むっく at 2010年07月27日 19:31
むっく さま
 地域福祉も選択肢の一つですね。
Posted by トヨロ at 2010年07月27日 19:44
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